今日のブラタモリは、「なぜ浦安は”夢と魔法の町”になった?」というタイトルでした。
20年ぐらい前に、浦安で仕事をしたことがあるので、興味深く視ました。
もちろん、海を通っても運べるのですが・・・波があるうえ、海が荒れる場合もあるので、川伝いに運べる方が良かったそうで・・・そのため、江戸時代から浦安は繁盛していたそうです。
なお、浦安の沖は、江戸川の河口にあたるため、遠浅だったそうで・・・アサリやハマグリなどが湧くように採れたそうです。
そういえば、浦安で仕事をするよりも前・・・確か1980年代半ばごろだと思いますが・・・仲間で、東京湾の魚釣りに行ったとき、浦安から釣り船に乗った事があります。
そのときは、生憎天気が悪く、小雨が降ってきて、波が高かったため、ほとんど釣果は無く、船酔いになってしまったのですが・・・一緒に行った人は、皆が同じような感じだったため、釣り宿からアサリを一袋づつ貰った記憶があります。
だから・・・番組では、1940年代から、遠浅の海を埋め立てて、東京のベッドタウンとなったと言っていましたが・・・その頃は、まだアサリが採れたみたいですね。
なお、番組では、宅地化の初期に、人々の憩いの場所として、公園の中に人口の山が作られたと言っていましたが・・・その浦安富士がある中央公園は、浦安で仕事をしていた頃に、よく昼飯を食べに行っていた処のそばにありました。
そして、浦安が、決定的に夢の町となったのは、もちろんディズニーランドの開園によるものですね。
当時は、よく仕事場の窓から、ディズニーランドで打ち上げられる花火が見れた事を思い出しました。
ちなみに、その時の仕事は、マルチメディアの実験というもので・・・今では、マルチメディアという言葉も死語となってしまいましたが・・・当時は、未来を見据えた最先端の技術といった感じ・・・私にとっても、浦安は夢の町だったのです。