SCHOENBERGギター

久しぶりにギターの話題です。

というか、ここのところ年金生活になったし、置き場所が無いためコレクションを整理しています。

ところが、またアコギを衝動買いしてしまいました。

 

購入したのはサイド&バックがコア製のショーンバーグのソロイストです。

前にも書きましたが、OMタイプのギターにハマっています。

ショーンバーグがマーチンの工場で製造していた時期(1993年)にT.J.トンプソンが製作したOM-45デラックスは最高なのですが・・・4本しか作られてない貴重品なので普段弾きにできません。

で、アレコレOMタイプのギターを試してみたところ・・・最終的に満足できたのが、やはりT.J.トンプソンが作った1990年製のショーンバーグ・ソロイストに落ち着きました。

 

このソロイストはイングルマン・スプルースのトップでサイド&バックはハカランダだったのですが・・・今回、1991年にT.J.トンプソンが作ったサイド&バックがコア製のショーンバーグのソロイストを中古で売っているのを見つけたのです。

 

お店で試奏してみると、1990年製のソロイストより煌びやかで大きな音・・・1990年製はハカランダのサイド&バックのせいかオールドの28に近い感じだったのですが、なぜかD-41を連想しました。

 

店員はサイド&バックがコアのソロイストは、この1本しか制作されていないと言っていましたが・・・実は、海外のショーンバーグ・ソロイストを紹介するサイトで、サイド&バックがコアのソロイストが掲載されているのを見た事があります。

このサイトでは、1989年のダナ・ボジョアが製作していた時期の記事にカスタム材で制作されたモデルとして掲載されていたのですが・・・後で調べてみたら、バックのコアの杢目から同じ個体だと判りました。

 

お店ではトップのスプルース材は不明だということでしたが・・・このサイトによると、トップはジャーマン・スプルースだと判りました。

私が所有するD-41が1973年製のジャーマン・スプルース・トップだったので、試奏した時に連想したのかもしれません。

 

何故か、このソロイストのネック・ブロックにはマーチンのシリアルのみ印字されており、マーチン工場で製作された旨はありません。

バック・ストリップにはT.J.トンプソンとショーンバーグのマークがあるので、マーチンの手を借りずT.J.トンプソンが全て製作したのかもしれません。

 

現在となっては、T.J.トンプソンのルシアーとしての評価は高いのですが・・・リペアをメインにしているため、ギターは年間数本しか制作しておらず・・・価格が高騰しています。

そんなわけで、貴重なT.J.トンプソン作のソロイスト、それも1本のみのサイド&バックがコア製を入手しました。

 

ショーンバーグ・ソロイスト1991年製 コア材サイド&バック

ショーンバーグ・ソロイスト1991年製 バック

ショーバーグ・ソロイスト 1990年製、1991年製

ピックガード形状やバインディングも異なっている。

ショーンバーグ・ソロイスト 1990年製、1991年製 バック

 

甲斐駒ヶ岳

熊本の地震で被災した方、大変だと思います。

昔、亡くなった姉が熊本に住んでいたし、仕事の関係でも何度も訪れた事があるので、気になります。

 

さて、前回は念願の富士山に登った事を書きました。

富士山に登るために登山を始めたのですが・・・その楽しみを知ってしまいました。

で、他の有名な山にも登ってみたいという事で、今度は甲斐駒ヶ岳のツアーに参加しました。

 

甲斐駒ヶ岳は砂岩?の綺麗な白い山頂が特徴なので興味がありました。

無理すればマイカーでの日帰り登山も可能ですが・・・疲れそうなので、山小屋に前泊するツアーに申し込みました。

というわけで、前日にツアーのバスで戸台パークの駐車場まで行き、そこからシャトルバスに乗り換え北沢峠まで行きます。

で、北沢峠の山小屋に泊って、翌日の朝3時に登山開始です。

北沢峠

北沢峠の山小屋

しばらく樹林の中を登ると、仙水峠あたりで甲斐駒ヶ岳が見えます。

甲斐駒ヶ岳

さらに駒津峰に登ると、もっと甲斐駒ヶ岳が間近に見えます。

駒津峰(2752m)

駒津峰から見た甲斐駒ヶ岳

六方石を経由して、さらに登っていくと鳳凰山のオベリスク越しに富士山が見えてきます。

鳳凰山越しの富士山

反対方向には、槍ヶ岳などの北アルプスが見えます。

北アルプス

頂上が近づくと、崩れやすい砂岩のため登るのが大変となります。

そして、甲斐駒ヶ岳の頂上には、祠が建っています。

頂上の祠

頂上の標識は立派なのですが・・・表は「甲斐駒ヶ岳」なのに裏は「東駒ケ岳」となっています。

なんでも、伊那谷の人は木曽駒ケ岳を「西駒ケ岳」、甲斐駒ヶ岳を「東駒ケ岳」とよんでいるとか・・・

標識の表

標識の裏

頂上からは、360度の絶景なので、八ヶ岳も良く観えます。

八ヶ岳

山梨百名山の標柱もあったので、標柱越しの富士山も撮ってみました。

標柱越しの富士山

下りは、双子山を経由して北沢峠へ

到着は13時だったので、10時間の登山でした。

思ったより時間がかかりましたが・・・ガイドさん曰く、今年は午年ということで駒ケ岳に登る人が多いとか・・・登山道が狭いため、すれ違いの待ち時間がかかります。

 

富士山リベンジ

念願だった富士山に登ってきました。

昨年参加したツアーは、強風と小雨のため3200m地点で撤退・・・再度9月頭のツアーを申し込んだのですが、台風のため前日に中止となったのです。

で、今年こそはリベンジするぞと、7月のツアーと予備のため8月のツアーも申し込んでいました。

 

そうしたら、今年初めてのチャレンジであっさりと登れてしまいました。

それも、昨年の経験から寒さ対策もしていたら、天気に恵まれて暑いくらいの陽気でした。

 

昨年、撤退したのは須走口からの登山だったので、今回のツアーは富士宮口から宝永火口~宝永山経由で御殿場ルートに合流する、いわゆるプリンスルート・・・7合目5勺の砂走館で1泊し、翌日は山頂(剣が峰)とお鉢巡り・・・下りは、大砂走で御殿場口へ降りるというルートです。

 

昨年、富士山の開山前の6月に、宝永火口を通って宝永山に登った事があるのですが・・・相変わらずの蟻地獄で独特な感じです。

宝永火口

宝永山頂から富士山を眺める

砂走館からは雲海に映った影富士が見れます。

影富士

翌朝は、雲海の上にご来光が見れます。

山小屋の人によると、丸いご来光が見れるのは珍しいとか・・・

ご来光

富士山頂側はすっきりと晴れていて青空が見えます。

山小屋から見た富士山頂

天気が良いため、楽に登れて御殿場ルートの頂上へ

御殿場ルートの頂上

富士宮ルートの頂上へ周っていくと、浅間神社の奥の宮や郵便局があります。

浅間神社の奥の宮

郵便局の裏からは山頂の剣が峰が見えます。

剣が峰

剣が峰の標柱は撮影する人が30人位並んでいます・・・なので、横からパチリ。

剣が峰の標柱

標柱の横の一番高い所から、火口を覗きます。

富士山の火口ごし奥の宮

天気が良いので、お鉢巡りはハイキング気分

雲の隙間からスバルラインが見えます。

下界の風景

吉田ルートの頂上付近は、大勢人が居て・・・ここにも浅間神社があります。

吉田ルートの浅間神社

下りの大砂走りは、スピードが出て楽しいけど・・・結構、疲れ・・・御殿場口に着いたら、砂まみれです。

 

そんな訳で、天候に恵まれて、楽しい登山でした。

念願をはたしたので、8月のツアーをどうしようか迷っています。

未だ行っていない吉田口からのツアーなので、行こうかな・・・

 

そういえば、先月のツアーで十勝岳の噴火警戒レベルが上がったため、富良野岳に変更になった事を書きましたが・・・昨日、十勝岳が噴火したというニュースがありました。

富士山も何時噴火してもおかしくないので・・・登れて良かったです。

フォーリン・タングス

蒸し暑くて寝不足気味・・・今朝も早く目が覚めてアルゼンチン対イングランドを見てしまいました。


日本対ブラジル戦に似ているという指摘がありましたが・・・前半は拮抗していたのに、イングランドが先制して、メンバー交代で守りに入ったのが災いして、アルゼンチンに逆転されてしまいました。
やはり、攻撃は最大の防御・・・攻め続けなければ駄目ですね。
そして、巷で噂されているのが、ミック・ジャガーの呪いとか・・・ミック・ジャガーが観戦しているとイングランドは勝てないという説です。

 

そんなミック・ジャガーですが・・・ローリング・ストーンズの新譜「フォーリン・タングス」は、発売日に購入して、毎日聴いています。

期待以上・・・かなり素晴らしい出来です。

最近は昔のビートルズやマイケル・ジャクソンの話題が多かったのですが、やはり往年のミュージシャンでも現在進行中の方が良いですね。


キース・リチャーズは渋くなっていますが、ミック・ジャガーのボーカルは年齢を感じさせず若々しいのに驚かされます。
収録曲は相変わらずのストーンズ節ですが・・・個人的には「カヴァード・イン・ユー」とか好みの曲ですね。

 

ちなみに、フォーリン・タングスとは外国語という意味らしい・・・中ジャケットには漢字で「外国語」と書いてある。
でも、タングスは牛タンと同じで舌という意味なので・・・例のベロマークに引っ掛けたタイトルですね。
ミック・ジャガーはAIでタイトル候補を調べたけど良い物が無かったと言っていたけど・・・

 

やはりチャーリー・ワッツのドラムスは別格ですが・・・チャーリーが後継に指定したスティーヴ・ジョーダンのドラムスもバンドに合っているように思います。
そういえば、ベースのダリル・ジョーンズもチャーリーがビル・ワイマンの後継に指定したんですよね。
今回のアルバムでは一部ポール・マッカトニーもベースを弾いていますが・・・ちょっとローリング・スターンズとは違うかな・・・もっとも、普段のポールのベースとも違っています。

 

アルバムを通して聴いた印象は「刺青の男」に似ているという事・・・「刺青の男」はアルバム未収録だった曲を集めたものでしたが・・・今回の「フォーリン・タングス」も前作の「ハックニー・ダイアモンズ」で作って収録しなかった曲を集めたとか。
そのせいか、アルバムとしての統一感よりは、色々なタイプの素晴らしい曲が集まった感じです。


是非、また来日公演をして欲しいですね。

雲取山

前回はツアーで北海道の旭岳と富良野岳に登った事を書きました。

北海道は梅雨が無いという事でしたが、生憎と二日間とも雨時々曇りでした。

普段のマイカー登山だと、その日の天気を確認して登れますが、ツアーだと事前に予約するので天気が悪い時もあります。

そんな訳で、先日、天気が良かったのでマイカー登山で雲取山に登って来ました。

 

雲取山は東京都最高峰なので、いつかは登りたいと思っていたのですが・・・ガイド書等では一泊二日のパターンばかり・・・それでは、事前予約するのでツアーと大して変わりません。

でも、ネットの情報では日帰り登山もできるようだったので、チャレンジしてみました。

 

日帰りするのは、奥多摩の鴨沢にある小袖駐車場に停めます。

駐車場を6時50分に出発して車道を5分ぐらい登ると、左側に小袖登山口があります。

小袖登山口

林の中を登ると、昔、お堂があった堂所という場所に出ます。

堂所

さらに、少し登ると七ツ石山を経由して雲取山に登るコースと迂回する巻道の分岐があります。

七ツ石山分岐

とりあえず、七ツ石山に登るコースを選びました。

少し登ると七ツ石小屋があります。

七ツ石小屋

小屋の横を登ると、七ツ石神社がありました。

七ツ石神社

神社から少し登ると七ツ石山の頂上にでます。

ここからは、遠くに雲取山が見えます。

七ツ石山頂上

七ツ石山を下って、尾根伝いに雲取山を目指します。

途中に、ヘリポートがあります。

ヘリポート

さらに少し登ると、小雲取山という小山があります。

小雲取山頂上

さらに、少し進むと雲取山頂上の避難小屋が見えてきます。

避難小屋

避難小屋の横を少し行くと、東京都と埼玉県の頂上があります。

左が東京都の頂上標識、右が埼玉県の頂上標識

で、避難小屋の反対側に山梨県の頂上があります。

山梨県の頂上標識

長時間かけて登ったのに・・・生憎、富士山も見えず・・・景色は今ひとつでした。

下りの途中・・・ヘリポートの近くで休憩し、昼飯をとりました。

そして、疲れていたので、七ツ石山の巻道の方を通りました。

七ツ石山の巻道

でも、巻道は登り降りがない分、結構長く歩くので疲れます。

駐車場に着いたら、13時10分だったので、6時間20分の登山でした。

思ったよりも短時間で、充分に日帰りできます。

もっとも、登りが長く、休める場所が少ないので、体力的にはキツイですね。

それに、そんなに面白い山という感じもせず・・・一回登ったら、もういいかな?という感じです。

旭岳と富良野岳

先週末に旭岳と富良野岳に登るツアーに行ってきました。

台風で飛行機が飛ばない事を心配したけど、無事に北海道へ行けました。

 

梅雨の時期は山に登るのは辛いので、梅雨のない北海道に行けばいいんじゃん?と思って予約していたのですが・・・土曜日、日曜日ともに雨時々曇りで、ずっとレインウェアを着たまま蒸し暑い登山でした。

 

おまけに、当初は旭岳と十勝岳という日本百名山二つ登山の予定が・・・十勝岳の噴火警報レベルが上がり登山規制となり、急遽、日本百名山でない富良野岳に変更になりました。

個人的には、別に日本百名山制覇を目指している訳でもないので、問題なかったのですが・・・ツアー参加者には、失望した人もいたようです。

 

初日は北海道最高峰の大雪山旭岳の登山ですが・・・ロープウェイで姿見駅まで登ってそこから登山開始です。

ここからは姿見池に逆さ旭岳が映って有名だそうですが・・・もちろんガスっているので見えません。

ロープウェイ姿見駅

山腹には未だ雪が多く残っていますが、登山道付近にはほとんど雪はありません。

姿見池と雪渓

登っている間、ずっとガスっていたのですが、時々、雨が止んで視界が晴れて少し景色が見れます。

その時、山腹からは噴煙が上がっているのが判ります。

山腹から上がる噴煙

山頂もガスっていて、まったく景色が見れず、まったく感動がありません。

旭岳山頂の標柱

写真だと標柱の文字が暗くて良く判らないので、違う標識も撮影しました。

山頂にあった方向の標識

そんな訳で、本州の山に登っているのと大して変わらなかったです。

もっとも、道端の花は綺麗でした。

キバナシャクナゲ

降りもロープウェイだったので、登山としては簡単な感じでした。

 

翌日は登山規制中の十勝岳の傍にある富良野岳に登りました。

やはり雨時々曇りでしたが、前日よりは雨の割合が少なかったです。

富良野岳の登山道

やはり、ガスっていたのですけど、時々、視界が晴れます。

視界が晴れて、景色が見れる

やっと山頂が見れる地点まで登ったけど、雲の中です。

富良野岳の山頂付近

山頂が近づくと、少し岩場があります。

で、山頂に辿り着いたら、やはりガスっていて景色が見れず・・・感動が薄かったです。

富良野岳山頂の標柱

富良野岳の登山道は何か所か雪渓を渡ります。

登る時は滑らなかったのに、降る時は気温が上がったため雪が緩んでいて、気を付けないと滑って転んでしまいます。

遠くに見える雪渓が日本地図に見えます。

雪渓を渡ります

安政火口まで降る頃には、やっと晴れてきました。

安政火口

もっとも、その後に登山口に着いたらまた土砂降り。

日本百名山ではないけど、富良野岳はバリエーションにとんだ登山道で、かなり良かったです。

登山としては、ロープウェイを使わない分、旭岳よりは少しキツイです。

 

といった感じで、天気が良ければなぁ・・・といったツアーでした。

金額を考えると、ちょっと天気の良い時に再チャレンジという訳にもいかないですよね。

深大寺の縁起

先週土曜日のテレ東「新美の巨人たち」は深大寺を取り上げていました。

これまでも何度か深大寺について書いたことがあるように、よく深大寺には行きます。

先月も神代植物園の水生植物園に菖蒲を観に行ったついでに深大寺にお参りしました。

 

番組では50年に一度しか公開されない秘仏として元三大師像が紹介されていましたけど・・・ちょっと前にも、他の番組で映っていましたね。

実は、私も2度ほど別々の展覧会で展示されていたのを観た事があります。

さらに、205年振りの公開という事で、わざわざ深大寺に観に行った秘仏の鬼大師ですが・・・何気に番組で映っていましたね。

結構いい加減な感じです。

 

そういえば、深沙大王堂に祀られている深大寺開祖の満功上人が造ったという、これも秘仏の深沙大王像ですが・・・平安時代後期に編纂された『図像抄』で登場した髑髏の首飾りをしたデザインなので、鎌倉時代中期の作と推定されています。

 

そもそも、深沙大王(深沙大将ともいわれる)は玄奘三蔵がインドに行く途中に出会った大神です。

玄奘三蔵が西域の報告をした『大唐西域記』 (646)には載っていませんが、弟子の慧立・彦悰が書いた『大慈恩寺三蔵法師伝』(688) に登場します。

『大慈恩寺三蔵法師伝』は正倉院写経所に天平十一年(739)の記録があるので、その頃には伝来していたと考えれます。

もっとも、『大慈恩寺三蔵法師伝』では未だ大神としか書いてなく、深沙大王という名前は平安時代には常暁(866)が図像を将来した時に一緒に伝わったと言われています。

 

ちなみに、深大寺の創建が天平五年(733年)とされていますが・・・しかも、後に満功上人の父となる福満童子が深沙大王に祈ったなんて時代的に合いません。

 

そもそも、いわゆる神仏習合で寺の境内に鎮守社を祀るようになったのは、天平十四年(741)聖武天皇の東大寺大仏造立を祈請に対して、宇佐八幡宮が大仏造立援助の託宣を発し東大寺鎮守の手向山八幡宮となったのが始まりとされます。

さらに、神仏習合が発展し、仏を本地とし神は仏の化身とした本地垂迹説は平安時代中頃に登場し、深沙大王は多聞天の化身とされます。

つまり、この時代になって初めて寺に(仏でなく)神を祀る事が始まったのです。

深沙大王を祀るため、わざわざ寺を創建したというのなら、これ以降ですね。

 

番組で紹介されていた深大寺縁起ですが、元々の縁起は正保三年(1646)の火災で焼けたため、漢文で書かれた深大寺真名縁起は慶安三年(1650)に、仮名で書かれた深大寺仮名縁起と深大寺縁起絵巻は享保七年(1722)に、改めて書き直された物なのです。

 

そんな訳で、深大寺創建についても、結構いい加減な感じなのです。

深大寺の創建が、実際はもっと後年なのか?

深大寺の創建が天平五年(733年)というのは正しくて、後から深沙大あ王関連の伝説を付け足したのか?

どちらなんでしょうかね。