昨日は、死刑反対論について書きました。
どうも、死んでお詫びをするとか死んでつぐなうとか、日本人は死で解決とする傾向があるように思います。
でも、冷静に考えると、何にも解決してない事が多いような気がします。
そういえば、そもそも仏教は輪廻転生で、修行して悟りを開いたら仏になるのに・・・
日本の仏教では、死んだら誰でも、たとえそれが犯罪者でも仏になります。
これは、神道で死んだ人を神として祀ることが多いという事が、日本人の意識にあったからなのでしょうか?
だから、外国人にとっては理解できず、戦争犯罪人を崇拝しているという様にとらえられているようです。
A級:平和に対する罪
B級:通常の戦争犯罪
C級:人道に対する罪
という分類のことでした。
もっとも、日本はサンフランシスコ条約により、極東国際軍事裁判を受け入れているので、覆す事はできませんけど・・・
そういえば、マッカーサーはA級戦犯について「原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであろうことを彼らは恐れていました。したがって、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要性に迫られてのことだったのです」と言ったそうです。
というわけで、A級戦犯は犯罪者だとは思っていないし、日本人なので死んだ人の罪を問う気もありません。
だからといって、戦争を主導した人を崇拝する気もありません。
A級戦犯の行為は、当時の常識から言って、特に悪い事でもなく、むしろ当たり前の事だったのかもしれません。
でも、その結果、悲惨な思いをした人が大勢いたことも事実なのです。