日本のスケッチと西洋のスケッチ

昨日は、印象派の誕生には、写真、浮世絵、チューブ入り絵具の影響があったのではないか?という事を書きました。
印象派の画家たちは、それまでの西洋画のリアルな写実性を追求したものから、浮世絵のように写実的でなくても芸術性の高いものがあることに気づいて、その方向を目指したのだと思います。

思えば、リアルな写実性を追求するというのは、目に見えるモノを重視するという、西洋的精神の現れであり、写実的でなくても芸術性の高いというのは、目に見えない心とかを重視する、東洋的精神の現れであったような気がします。

そういえば、NHK日曜美術館で取り上げられていた、洋画家のパイオニアである五姓田義松についてですが・・・
番組では、彼が描いたスケッチも紹介されていて、それは、当時としてはかなり珍しい鉛筆を使いこなしていて、
特に、鉛筆で描いた斜線の重ね具合や傾け方によって、陰影の濃淡を描き分けている事について、説明していました。
たしかに、そのスケッチは、少し前の浮世絵の作者の線で描いたスケッチと違って、明らかにリアルに表現されたものでした。

そこで、ふと思ったのですが・・・昔の西洋の画家と日本の画家の描いたスケッチの違いって、ペン(や鉛筆)と筆という道具の違いも大きいのではないでしょうか?
筆ならば、塗りつぶしも簡単ですが、ペンでは線を何度も重ねなければ塗りつぶすことはできません。
さらに、筆なら、線の太さや勢いを表すことも簡単です。
一方、ペンでは線の太さはあまり変えられないですが、細い線で細かな部分を描くのは得意です。
また、ペンでは五姓田義松のように線の重ね方によって陰影を表しますが・・・筆は、墨の濃淡で陰影を表すため、屋外のスケッチでは陰影をつけるのは難しいです。

このため、日本の画家のスケッチでは、線の太さや勢いを活かし、シンプルな線で対象を表現することが多くなり、リアルさよりは対象の本質をとらえて表すようになったのではないでしょうか?
一方、西洋の画家は、細部まで描いて、さらに細い線を重ねることにより陰影をつけるようになり、目に見えるままをリアルに描くようになったのではないでしょうか?

このように考えると、道具が東洋精神や西洋精神を育んだのか?それとも東洋精神や西洋精神が適した道具を選んだのか、判らなくなってしまいます。