自閉症は特別?

昨日のNHKスペシャルは「自閉症の君が教えてくれたこと」というタイトルでした。
会話する事が出来ない重度の自閉症ですがが、文字盤を前にすると話す事ができる人物を取り上げたものでした。

今まで、意思疎通のできない自閉症の人に対して、可哀想だと思い込んでいたのが、偏見だという事に気づかされました。

番組の主人公が語ったのは「自閉症で良かった 障害を自分の強さに変える事ができた。」という事・・・さらに、癌になったディレクターに対しては「人はどんな困難を抱えていても、幸せを見つけることが出来る」という言葉を語っていました。

もっとも、気になったのは、そのディレクターが主人公に問いかける姿勢です。
あたかも賢者に対するようで、その回答を、貴重なお告げとして受け取っているみたいでした。

確かに、自閉症の人は、深慮する傾向があるので、その言葉には深い意味が感じられるのでしょうけど・・・その言葉を特別な物として扱うのには、疑問が残ります。

例えば、彼が語った
「自分がいやになって絶望する事も何度もあります。そばにいてくれる人は、どうか僕たちの事で悩まないでください。自分がつらいのは我慢できます。しかし自分がいる事で周りを不幸にしている事には、僕たちは、耐えられないのです。」
という言葉・・・自閉症の人が普通の人と同じような意識を持っている事が判りますが・・・
たぶん、辛い立場にいる普通の人では当たり前の意識であって、特に素晴らしいとは思いません。

その彼も、認知症の祖母に対しては、悲しいと思うのは周囲の人の勝手な思い込みで、自閉症の自分なら理解できると、思うのですが・・・祖母に接するうちに、知らず知らずのうちに世間一般と同じように祖母を見ていて、不幸だと決めつけていたのに気づきます。
自閉症だから、特別な能力があるという事も、思い込みなのだと思います。

番組を視る限り、彼の祖母の認知症はそれほど進行していないように見えます。
実は、私の母の方が、はるかに重度の認知症ですが・・・本人も辛いだろうとは思いますが、不幸だろうとは思いません。
一緒に暮らしていると、なんとなく、その態度などから、母は幸せに過ごしているような気がするのです。